第11回杉野十佐一賞/題「 木 」
なかはられいこ選
佳作 結婚離婚さて記念樹をどうするの石川県越村智彦
佳作 八月六日の空を見上げる木に登る福岡県藤井北灯
佳作 約束はいつも桜の散るころに埼玉県菅野耕平
佳作 木はどこにあるか教育基本法福井県松原未湖
佳作 警棒が伸びる蒟蒻畑まで大阪府宮本きゅういち
佳作 水の匂いさせて少年木を降りる和歌山県木本朱夏
佳作 木を揺する弱気な僕が落ちてくる青森県三浦蒼鬼
佳作 ニセアカシアわかりあえないことばかり青森県 堤 文月
佳作 一本のポプラを描いて僕の空奈良県ひとり静
佳作 木から木へ飛び損なってジャズ喫茶宮城県大友逸星
佳作 号泣したいのだプラタナスは今も東京都佐藤幸子
佳作 木に夜の過ごし方など聞いてみる埼玉県菅野耕平
佳作 金星を匿っているレモンの木大阪府赤松ますみ
佳作 背骨くるんでいるうつくしい木目東京都 小沢 史
佳作 銀杏の木ところどころにあって母青森県横山キミヱ
佳作 歩く木が出て行く迷彩服を着て愛知県中山恵子
佳作 一本の樹になれるまで目をつむる青森県高屋信雪
佳作 いつだって筋肉質の木を選ぶ長野県いとう岬
佳作 ポケットでときどきくしゃみする苗木大阪府赤松ますみ
佳作 あきらめて中東あたり流れる木福井県松原未湖
佳作 雑木林の一本である一本青森県前田まえてる
佳作 迷ったり泣いたり大きな木になった山形県相田みちる
佳作 ありふれた木のちょっとした物語新潟県坂井冬子
佳作 座っても立っても冬の木が見える埼玉県戸田美佐緒
佳作 柿たわわ白髪染めがみつからない青森県 堤 文月
佳作 弁護士を呼んで柿の木伐る話東京都松橋帆波
佳作 ゆすら梅ちがうお墓にはいる母青森県守田啓子
佳作 人が見た時は並んでいる並木青森県田鎖晴天
佳作 手がかりはところどころにある木目埼玉県菅野耕平
佳作 昔から木だった人にかなわない愛知県宮川尚子
     
五客 そんな気を起こさぬように枝を剪る岩手県菅沼道雄
五客 ここにいる私は桜なんだもの宮城県田口文世
五客 庭の木が笑うところを間違える青森県中村みのり
五客 置く所に置けば濃くなる木の匂い青森県笹田かなえ
五客 わたくしが死んだらきっと切られる木青森県斎藤早苗
     
人位 木洩れ日の模様をつけて家族です愛知県宮川尚子
     
地位 木をやめて棒鱈になる九丁目愛知県中山恵子
     
天位 まだすこし木じゃないとこが残ってる愛知県宮川尚子

『選評』/なかはられいこ

杉野十佐一賞は題詠である。
川柳における「題」というものについて、考えながら楽しみながら選をさせていただいた。
わたしは個人的には「題」はあくまでも作句のヒントであり、
きっかけにすぎないと思っている。ただし「木」はあくまでも木であって、けっして「樹」ではないということもまた、大切にしなければいけないことのように思う。
天位には、
?
 まだすこし木じゃないとこが残ってる
?
を推させていただいた。
かんたんなことばで軽く書かれているようにみえるが、(しかもひとをくったような書きかたでもある)読み解こうとすると、にわかにわけがわからなくなる不思議な作品だ。そもそも、この主体はいったいなに?「まだすこし」「木じゃないとこ」が「残ってる」らしいから、完全に木になる前の何者か、であるはずなんだけど……。と、想像をたくましくしていたら、人が死ぬと木になるというSFをぼんやりと思い出した。
家族や恋人やともだちが死んで街路樹となる。生き残ったものはまだ人間くさい街路樹の下を通るたび、泣いたり、すこしの間立ち止まって偲んだりするのだ。そして完全に木になりきってしまうころには、そのひとのことを忘れる。
?
 木をやめて棒鱈になる九丁目
?
「木」と「棒鱈」が逆なら天に選んでいたかもしれない。わたしがくやしがってもしかたがないのだけれど、けっこうくやしい。
なんの意味もなさそうな「九丁目」の「九」という数字がとても効いていると思う。純粋に選ぶことを楽しめる場というのはそれほど多くはない。杉野十佐一賞はその数少ない場であると、毎年思う。このような場で選をさせていただけることを光栄に思います。