第11回杉野十佐一賞へ
 
第12回杉野十佐一賞/題「兵」
ひぐちゆきこ・兵庫県姫路市/「MANO」所属
樋口由紀子 選
佳作 アスファルトざっくり その他の兵岩崎雪洲青森県
佳作 兵隊さんのヘ ヘップバーンのヘ中山恵子愛知県
佳作 棒はいかがそれとも兵がいいですかひとり静奈良県
佳作 軍服の僕には遠い桃の村沢田百合子青森県
佳作 空欄に歪んで飛んで来た兵士柳 圭愛知県
佳作 栗の花匂う 兵士は戻らない熊谷冬鼓青森県
佳作 ソーダ水グラスに注ぐ兵士の死田畑 宏和歌山県
佳作 夕焼けを汚した兵の手が渇く若林柳一新潟県
佳作 マッチ棒の先にいるのが兵隊さん前田まえてる青森県
佳作 満月にひそんだ兵よ出てきなさい鈴木逸志宮城県
佳作 切花のように佇んでいる兵士山本忠次郎東京都
佳作 代走に出たまま兵は帰らない山本トラ夫静岡県
佳作 欲しいのは埴輪の兵の耳飾り内田真理子京都府
佳作 機嫌よく立っているのは藁の兵久場征子富山県
佳作 三日月と芒の中を逃げる兵小暮健一北海道
佳作 籠城の2階の兵を持て余す小島百惠大阪府
佳作 落下傘すずなりなれば明日も晴れ市川 周東京都
佳作 鼻ピアス兵隊さんのお陰です正信寺尚邦大阪府
佳作 朝市で生兵法を買ってくる山本トラ夫静岡県
佳作 巣つばめと徴兵制の話など宮本夢実長野県
佳作 真後ろの伏兵が肩揉んでくる高橋 樟青森県
佳作 九条を彷徨うペンギンと兵士北里深雪青森県
佳作 志願兵続く一旦コマーシャル鳴海賢治青森県
佳作 雑兵の帽子のなかの銀やんま北里深雪青森県
佳作 生卵脇に挟んでいる兵士天谷由紀子福井県
佳作 残る電池でドミノ倒しの兵になる墨崎洋介福井県
佳作 夏蝶が脱走兵を追い越して市川 周東京都
佳作 環境に優しい芋で出来た兵丸山 進愛知県
佳作 白い歯の兵は黄蝶に撃ち抜かれ小池正博大阪府
佳作 罌粟畑ここから兵士生まれますひとり静奈良県
佳作 戦場の朝に分別ゴミを出す小島百惠大阪府
佳作 それは兵の静電気だつた天谷由紀子福井県
佳作 シャム猫にからまれている兵隊さん柳 圭愛知県
佳作 蝉ないてうすべに色の朝の兵岩崎眞里子青森県
佳作 何が何でも勝たねばならぬ 兵士です福士富栄青森県
佳作 ぽつぽつと兵士が消えるおもちゃ箱斎藤早苗青森県
佳作 ソムリエの頭痛 歩兵がやって来る山本忠次郎東京都
佳作 雑兵の手首の輪ゴムよく伸びる熊谷冬鼓青森県
佳作 のらくろは戦死したって犬である滋野さち青森県
佳作 「月はどっち」義足の兵に聞く都会大黒谷サチエ青森県
佳作 縁側で爪を飛ばしている兵士草地豊子岡山県
佳作 八月の兵隊さんをよく洗う佐々木ええ一香川県
 
秀逸 散兵戦の予感じゃがいも煮え焦げる成田 勲青森県
秀逸 兵器庫をぐるり静かな顎の列ひとり静奈良県
秀逸 本当の兵はやさしい水たまり吉平一岳長野県
秀逸 兵が見ている兵の滑り方天谷由紀子福井県
秀逸 腹這えば大地は兵の日の匂い藤井北灯福岡県
 
人位 兵役があった時代のいぼがえる滋野さち青森県
 
地位 水芭蕉のしらじらしさが兵である中西 亜愛媛県
 
天位 兵隊が降ってきそうな曇天だ相田みちる山形県

『選評』/樋口由紀子

 戦争はまだ終わっていない、まだ続いているのだと、集句を読んでまず感じた。戦争があった事実と、戦争を体験された方々に私は何を言えるのだろうかと思った。忘れられない傷痕としての「兵」を抱えている人たちが想起するものとどう向き合えばいいのかと自問した。
 それは「兵」にこびりついている意味性の強さの結果でもある。ぬぐってもぬぐいきれない「兵」への思いがあり、否応なく過去を思い出し、独自の視点をさがすのは困難な言葉であったようだ。もっと違うイメージに飛び移れと軽々しく言えない雰囲気を「兵」は持っている。
しかし、感情的には理解しても、やはり川柳作品の選をするのであり、人それぞれの「思い」に判断は下すのではないので、私は作品としての「兵」をいただいた。

 天<兵隊が降ってきそうな曇天だ>
 一瞬ドキリとした。たとえばあの「ノルマンディ作戦」の物量化されて降ってくるけしつぶのような兵隊は何を思っていたのだろうかと思って物悲しくなった。兵は人間である。今の日本も曇天の中に居るように感じる。「曇天だ」が時代を超えて実によく効いている。批評性のある一句。

 地<水芭蕉のしらじらしさが兵である>
 このように「兵」を表現したものを初めて見た。「兵」の持つ既存の意味から離れられない川柳の多い中でこの句は光った。既存の意味に凭れて、あるいは利用して、お手軽にペシミティックな心情と出そうする川柳と決別する句である。既成概念を報告したり、説明したりせず、もちろん頼らず、作者の独自の物の見方である「しらじらしさ」を提示した。「水芭蕉のしらじらしさ」も理解できるし、その「しらじらしさが兵」と同じであることも納得できる。