第14回杉野十佐一賞
いしべあきら・岡山県岡山市/バックストローク代表
石部 明 選
佳作1 大きい顔するなあとから開いた穴 宮城県 浮 千草
佳作2 てのひらに穴を並べて迷いだす 静岡県 川路泰山
佳作3 一日の穴を数えてから眠る 青森県 守田啓子
佳作4 覗いたら覚悟を決めてもらう穴 青森県 北山 まみどり
佳作5 青春は穴戦争は怖かった 千葉県 潮田春雄
佳作6 猫じゃらしの穴で軍艦マーチを聴く 静岡県 川路泰山
佳作7 これからは穴と穴との話し合い 福井県 天谷由紀子
佳作8 とび込んだ穴を間違えちゃった アハ 和歌山県 田畑 宏
佳作9 抜け穴を即日手配してほしい 兵庫県 河内谷恵
佳作10 密やかな穴の周辺事情かな 愛媛県 井上 せい子
佳作11 ヒトゲノムほどけばでかい穴になる 愛知県 宮川尚子
佳作12 両親は穴当番でおりません 兵庫県 榊 陽子
佳作13 月を吐く準備はできた壁の穴 青森県 沢田百合子
佳作14 諦めぬ夢マカロニの穴開く 青森県 南山藤花
佳作15 ほころびがふえましたほらお月様 青森県 きさらぎ彼句吾
佳作16 傷口の広がり止める穴かがり 青森県 傳法けい
佳作17 よく売れています うふふと笑う穴 愛知県 丸山 進
佳作18 十六夜の穴に詰め込む鼓笛隊 愛知県 丸山 進
佳作19 穴が開くまでA型の私生活 石川県 藤村容子
佳作20 穴を見た牛は一歩も動かない 岡山県 福力明良
佳作21 ポケットの穴とウクレレ弾いてます 東京都 佐藤 幸子
佳作22 ドーナツの穴に迷いはありません 奈良県 ひとり静
佳作23 くちびるで湿らせてから穴かがり 京都府 内田真理子
佳作24 穴だけで園遊会に招かれる 愛知県 丸山 進
佳作25 とくめいで届く等身大の穴 青森県 熊谷冬鼓
佳作26 あんパンのおへそあたりの越天楽 北海道 伊藤寿子
佳作27 ホッチキスの穴の理由を聞くお芋 青森県 濱山哲也
佳作28 穴に挿す積乱雲を言いくるめ 愛媛県 中西亜
佳作29 バチカンの由緒正しき穴の位置 和歌山県 木本朱夏
佳作30 穴熊は天動説を疑わぬ 滋賀県 遠山あきら
佳作31 無花果の葉つぱで穴は塞がれた 福井県 天谷由紀子
佳作32 穴山梅雪だ異論は認めない 北海道 松木 秀
佳作33 水葬は案山子を抜いた穴である 青森県 阿部治幸
佳作34 天の穴から戦争が逃げていく 青森県 佐藤とも子
佳作35 ローソクの穴は混声合唱団 東京都 佐藤 幸子
佳作36 ずうっと穴 漫才ばかりしているよ 三重県 小河柳女
佳作37 やわらかくなるまで穴を揉んでいる 青森県 守田啓子
佳作38 蓮根の穴を煮詰めて夏の雲 愛媛県 門田澄江
佳作39 大根を抜いた穴からリオの歓声 青森県 田鎖晴天
佳作40 シュークリーム三つで穴をお借りする 大阪府 井上しのぶ
佳作41 ブラジルの伯母に会いたい穴を掘る 福井県 墨崎洋介
佳作42 穴は掘ったし顎もはずしたし 愛知県 中山恵子
佳作43 穴を掘るための髪型決まらない 兵庫県 河内谷恵
佳作44 一方はカバの厠に続く穴 大阪府 井上しのぶ
       
秀逸1 笛の穴ふさがれていく水あさぎ 青森県 笹田かなえ
秀逸2 穴をひろげたのはお台場の母ね 愛知県 中山恵子
秀逸3 雨の日のジゴロころころ耳の穴 京都府 内田真理子
秀逸4 穴ならば偏平足を見せなさい 兵庫県 榊 陽子
秀逸5 Y字路は今日も穴から出ていった 兵庫県 榊 陽子
       
特選 人だかり穴がコホンと咳をする 愛媛県 野口三代子

『選後評』/石部 明

 川柳を書くとは、与えられた常識をなぞるのではなく、ことばによって「わたしの世界」としての再生を試みること。ことばを武器としてもう一度常識を洗いなおしてみることではないか。それは雑詠であっても、課題吟であっても変わらないはず。特に、杉野十佐一という先人の名を冠したこの誌上句会が、抜ける抜けないがすべてで、年がら年中お祭り騒ぎの大会とおなじであってはならないと思いつつ作品と向きあった。「穴」という課題をどう自分の世界として再生するか、「穴」をモノとするか、ことばとして捉えるかに焦点の絞りきれない作品も少なくなかった。それでも対象への共感と違和、そして発見。ことばの瞬発力などで設定した選考基準を超えた作品が75句あった。最終的に思いを残しながら25句をはずした。多く寄せられた「靴下の穴」は、確かに異界への通路であり、日常のさまざまなものが見える穴でもある。しかし、すでに言い尽くされたモノやことばを超える句はなかった。すこし捻ったぐらいで新しさを装ってもそれは通用しない。 課題を固有名詞に入れることに基本的には反対だが、力技の一句に屈服したことも付け加えておきたい。

 秀逸。
 道の分岐点に十字路、丁字路があり、やや異形のY字路がある。このY字路に「左右の道で違う時空がある」「人と影が左右に分離されていく」と思うことがある。穴という定位置から出ていくのは身体化された「Y字路」か「Y字路」と呼ばれる人か。「今日も」と日常の連続性の中に幻視の連なる独自の世界を紡ぐ「Y字路は今日も穴から出ていった」。AならばBと目新しくない文型ながら「穴」「偏平足」の取り合わせにとぼけたユーモアの漂う「穴ならば偏平足を見せなさい」、てだれのジゴロも小さく転がされてしまう視点と音が愉快な「雨の日のジゴロころころ耳の穴」、「お台場の母ね」と口にするしたり顔が現代の空気を拾いあげつつ、「穴」とは何かを問う、人を食ったような「穴をひろげたのはお台場の母ね」、「水あさぎ」とは笛に閉じ込められていく音色か、瑞々しくことばがゆれる「笛の穴ふさがれていく水あさぎ」。いずれもことばによって作り出された作者の世界だ。

 特選。
 人だかり穴がコホンと咳をする
 何でもないただの穴なのに、なんだなんだと寄ってくる「人だかり」に囲まれて、黙っていることに耐えきれず伏目がちについ「コホン」と咳をしてしまう。この親しみやすい寓意性を特選に推した。「人だかり」はやや常套的だがそれを差し引いても、「コホンと咳をする」は、何ともいえぬ切なさをユーモラスに置き換えて表情豊かな「穴」になった。