『選後評にかえて』
　　　　　　　なかはられいこ

　集句653句の中から、選べるのはたったの50句。
　厳選である。一次選考で100句ほどになった。
　集句には、「靴下の穴＝明日（未来）」「ジーパン（あるいはジーンズ）の穴＝若さ」「針の穴＝母」という、類型的な構図で出来上がった作品が予想以上に多かった。
　ちょっと残念。

　いまさらだけど、川柳は短い詩型である。
　たった17音ですべて言い尽くそうとすると、言葉に、あるいは文体に負荷がかかる。
　負荷がかかった言葉は、その重さゆえに、きちんと機能しなかったりするのだ。

　ハンカチと財布と穴も忘れずに

　集句中、いちばん心惹かれた作品である。
　たとえば、朝、玄関で靴を履いている夫に、
「ハンカチと財布と、穴もちゃんと持った？」と妻が訊く。
　思わず「うん」と答えようとして、「あ、穴？」と戸惑う夫。
　にっこり笑う妻。
　この妻はかなり怖い。
　ありふれた日常が一気に非日常に変わる瞬間である。
　「穴があったら入りたい」の穴か、「墓穴を掘る」の穴か、はたまた、「王様の耳はロバの耳」と囁くための穴か、ともかく、妻は「穴」を忘れると、夫が外で困ることを知っているのだ。
　ハンカチを忘れると困るように。
　財布を忘れると困るように。
　難しい言葉は何も使われていないのに、この「穴」は、一瞬で世界を反転させる装置として、とてもうまく機能していると思う。