『存在感と意外性』／樋口由紀子

　穴はちゃんと穴なんだけれど、どっかで、これって穴じゃないやんと思うような穴に出会わないかなと期待しながら集句を読んだ。道を歩いていて、本来は歩かないものが歩いているのに出会うように感じたり、死んだ祖母なんかに出くわさないかと思ったりするときの心の有り様に似ている。そんなことはありえないと思うところに、ありえないけれどありえるじゃんと思わせるところに詩があり、そこに川柳も存在していると思っている。

　特選にいただいた＜一方はカバの厠に続く穴＞はなによりも「カバの厠」の存在感と意外性に惹かれた。「厠」という日常にあるものが、「カバの厠」になって、想像力ががぜん膨らんできて、なにやら愉快なところに変貌するような気がした。意外性といっても、手当たり次第の無責任なものではなく、説得できるものも含んでいる。そんなところはないだろうと思う反面、あるかもしれないと思った。もちろんカバも排泄するので、そういう場所があるのは想像できる。けれども、そういった実物のあるなしではなく、「カバの厠」は現実のものではなく、言葉によって出現したものである。事実を超えることによって、虚に仕立てることによって見えてくる世界をうまく表出している。たぶん、そこはもっとも俗っぽく、それでいて神聖なところなのだろう。

　秀句に選んだ「匙で掘る穴」「コホンと咳をする穴」「準備はできた壁」「うふふと笑う穴」「パントマイムの平泳ぎ」の、どの穴も現実の光景ではなく、嘘っぽく、理屈に合わない。それらに共通しているのは特選句同様に事実を超えるおもしろさを内在している。日常にあるもう一つの別の日常の感覚を呼び起こしてくれた。句を読んでいて、考えることが楽しくなってくる。感傷的で、コミカルで、どの穴も覗いてみたいと思わす魅力的なものに仕上がっている。川柳は事実を超える、理屈を超えたものが書ける文芸である。