第15回杉野十佐一賞
ひぐちゆきこ・兵庫県姫路市/「MANO」所属
樋口由紀子 選
佳作1 やさしい音は少し遅れてやって来る 三浦敬光 青森県
佳作2 すり足はやめてくださいお母さん 八上桐子 兵庫県
佳作3 ひとりずつ欠けてひとりになった音 久保田 紺 大阪府
佳作4 摂氏二度あなたはどんな音を出す 鳴海賢治 青森県
佳作5 棺打つ まな板叩く 同じ音 まみどり 青森県
佳作6 梵鐘を突けばハラリと青江三奈 角田古錐 青森県
佳作7 海賊版さてどうもがくかを考える 草野翔太 青森県
佳作8 銃声が二発終りと出発の 渡邊こあき 青森県
佳作9 ぎるんぎるん主軸がずれている 木暮健一 北海道
佳作10 噴水が歌うアンパンマンのうた 悠とし子 北海道
佳作11 雨だれと来て革命を語る 柳圭 愛知県
佳作12 絵馬カラカラ風が聖者の顔をする 高畑俊正 愛媛県
佳作13 手を水に浸すと音がすべりだす 安黒登貴枝 島根県
佳作14 肉体の各部奇妙な音を出す 普川素床 千葉県
佳作15 着信音 この世を留守に致します 岩間啓子 北海道
佳作16 排気音甘い自虐だなと思う 坂井冬子 新潟県
佳作17 黒電話逓信省の音で呼ぶ 馬屋原弘万 岡山県
佳作18 いやいやをしながらシまで来たものの 中西亜 愛媛県
佳作19 どんぐりはドングリだけの音で落ち 徳長 怜 徳島県
佳作20 音の出るあたり診察してもらう 遠山あきら 滋賀県
佳作21 一切の音抜いてこんにゃくになる 守田啓子 青森県
佳作22 戦前戦中戦後ペタペタ母の足 斎藤早苗 青森県
佳作23 ブリキのバケツ所在不明の音がする 守田啓子 青森県
佳作24 子の描いた森から銃の音がする 高畑俊正 愛媛県
佳作25 キッチンは曇り 夥しき無音 内田真理子 京都府
佳作26 音のないところで耳を踊らせる やまもとじろう 東京都
佳作27 大丈夫いい音でてる頭蓋骨 小野五郎 青森県
佳作28 平たくてべっとりとした音なのに 安黒登貴枝 島根県
佳作29 空三枚破って音がてのひらに 悠とし子 北海道
佳作30 音ぜんぶ割ったら言いなりになりましょう 中西亜 愛媛県
佳作31 喪があけるたまり醤油の雫して 伊藤寿子 北海道
佳作32 ぐいぐいと音が曲ってくる廊下 遠山あきら 滋賀県
佳作33 想定の範囲で椿眠る音 鳴海賢治 青森県
佳作34 ぞぞぞぞくゎん 子どもの耳になっている 八上桐子 兵庫県
佳作35 ピピピピピー過去をお知らせ致します 三浦蒼鬼 青森県
佳作36 ふくろうのめだまにどなったあとがある 草野翔太 青森県
佳作37 テンノーを正しく発音してごらん 榊陽子 兵庫県
佳作38 チェンソーがうなる牛丼屋の裏手 進藤一車 北海道
佳作39 クモの巣に絡めとられた音がある 熊谷冬鼓 青森県
佳作40 この次の音で死んじゃってください 榊陽子 兵庫県
佳作41 ミの音は先ほどまではここに居た 石橋 芳山 島根県
佳作42 虫になるまで追っかけている虫の音 小野 善江 香川県
佳作43 いい音で割れるガラスになりました 久保田 紺 大阪府
佳作44 親戚が来たビニールの音立てて 坂井冬子 新潟県
       
秀逸1 王様は裸だひゅうと風の音 田畑 宏 和歌山県
秀逸2 木偶木偶と脈は毎分六十五 濱山哲也 青森県
秀逸3 渡ったわ いちぢくの葉で音たてて 中山恵子 愛知県
秀逸4 「不協和音ですか」エー出汁が取れます 能田勝利 愛媛県
秀逸5 音だった頃のわたしの正義感 河内谷 恵 兵庫県
       
特選 音たてず托鉢ひとりを羽交じめ 岡崎一也 岡山県

 選評/樋口由紀子

わが胸で伐採音の絶え間なし 時実新子

「音」という題でこの句を思い出した。「伐採音」を初めて目にしたとき、今にも「伐採音」が聞こえてくるような気がして、川柳は自分の胸の内をこのように表現できる文芸なのだと感心した。私も当時は「不器用に生きる大きな音をだし」というような句を作っていた。しかし、今はこのような川柳に以前ほど感心しなくなった。思いをうまく言葉にした川柳よりも言葉の持っている力を発揮した川柳の方に惹かれる。それは思いから書かれる川柳はどれも似たり寄ったりで、誰もが思いつくことがほとんどで、すでに知っていることを一句にしている場合が多いからである。決して思いを否定するのではないが、もう見飽きたというのが正直な感想で、感動しなくなったのだ。いや、安易な感動を川柳に求めなくなったと言いかえてもいいかもしれない。
 集句五七三句、思いからで書かれた川柳が多かった。その中で特選の「音たてず托鉢ひとりを羽交じめ」は言葉から作られた川柳である。これを実際に行ったら犯罪である。しかし、言葉にすることは犯罪ではない。もちろん、実感からのものではない。そして、共感を得られるものでもない。音もたてずに托鉢僧を羽交じめにしたというのは一体どんな心情なのだろうかと思った。言葉にすることによってはじめて作者の思いが見えてくる。「を」は要るのだろうかと最後までこだわったが、それ以上のおもしろさをこの句は内在している。
秀句の「音だった頃のわたしの正義感」も音だった頃とはどんな頃を表わしているのだろかと考えた。「いちぢくの葉」で音たてて一体どこを渡ったというのだろうか。「不協和音」で「いい出汁」が取れるなんて、作者の考えていることに笑ってしまった。「木偶木偶」も「王様の裸」もおやっと思ったり、立ち止まったりとすんなりと読ませてもらえなかった。それだから秀句に選んだ。